ドラえもんの時代の流れ

のび太は、便利な道具などなくたいていの庶民が貧しかった昔の生活を体験し終え、「ぼくらはぼくらの時代を少しでもよくするようにがんばらなくちゃいけないんだね」と悟る。まさにそのとおりだが、そうやって、自分が生きている「今」の大切さを心の底から知るためには、過去を懐かしんだり過去に学んだりすることも必要なのだろう。

 前ばかり向いて突き進むのではなく、ときには後ろを振り向いたり、立ち止まったりして、「今」の時間の流れから離脱してみるのもいいものだ。過去への一時的な引きこもり、とでも言おうか。私は、この作品を観てそういったことに価値を感じた。
藤子不二雄ファンはここにいる/koikesanの日記  2005/10/21 「昔はよかった」「宝星」放送
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20051021

藤子Fさんがどこまで考えてドラえもんという話を作ったのかはよく判りませんが、もう時代がドラえもんという物語を語り継がれるべき物語として認識しはじめているのだと思います。時代の形によって物語りの解釈は大きく変わってきます。たとえば、昔は神挌視されていた「のらくろ」はすでに過去の遺産として、漫画としての役目を終えようとしてます。時代の流れによってたくさんの解釈が出来る単純で面白く、かつためにもなる物語がのちのちまで語り継がれるのだと思います。
時代と共に人間の考えも変わっていく。
だから、物語というのは人間の大事な遺産なのであるのです。